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いろいろあるからおもしろい。vol.2

前回に引き続き、サン・アドでクリエイティブディレクター、コピーライターとしてご活躍されている笠原千昌さんのインタビューをご紹介します。年齢の離れた3人の息子さんを育てながら、笠原さんご自身の変化や、周囲の人々との関わりについてお話いただきました。

>>前回 笠原千昌さん「お母さんになるまで」はこちら

 

 

「制度も自分も徐々に適応」

 

3人目のお子さんが生まれる頃にはサン・アドの産休制度も整っていましたか。

 だいぶ整ってきましたね。サン・アド内だけでない仕事もしていたので、配慮はたくさんしてもらいました。息子3人とも、7カ月の時に職場復帰をしています。

 1人目の時は、私がこの会社のクリエイティブとして初めて、子どもを生んで、戻ると言った人間だったので、会社もまだ制度が無く、どうすればいいか分かっていませんでしたし、そもそも当時、世の中全体でワーキングマザーの考えがあまりありませんでした。

 一方、現場の社員は和気あいあいとしていました。長男の出産の時は、社員同士で出産時のグラム数や、男か女かを予想していたり。グラム数と性別の両方を当てた人がプレゼントをもらえるという話になっていたのが、最終的にはお祝いということで私がプレゼントをいただきました。それもポスターを作って会社に貼ってくれたりして、最初の子のときはちょっとした盛り上がりがありましたね。

 ただ、生むところまではいいのですが、生んで復帰をしてからが大変でした。金融がらみの仕事をしていた時、制度としては夕方4時で帰れることになっていたのですが、夜中に変わるレートを待ち、変わった時点で、当日の朝刊に載せる新聞原稿に間に合わせるという、ものすごいスケジュールの仕事を毎晩やっていました。保育園の用意をするために毎朝4時、5時にタクシーに乗って帰り、息子に朝食を食べさせ保育園に送り、へとへとで家に戻って、8時半くらいにちょっとお昼まで寝て出社して、という日々ですね。

 

letter+ironman.jpg息子さんからの手紙とアイアンマンの写真

 

 1人目の時は私もお母さん1年目なので、いろいろなことが効率的にできなかったのですが、2人目、3人目は実験1が終わっていたので(笑)、適度な加減が分かるようになりました。1人目のときは旦那と私で1人を見られたのに、2人目はそれぞれで面倒を見て、3人目はもう手が足りない状況なので、どんどん効率が良くなる。手が足りなくとも、やれることがでてくるんですよね。最初の子は何でも私がお手伝いしてしまったので、最初からもうちょっといろいろやらせておけば、今もっと使える男になっていたんじゃないかと反省しています。(笑)

  

 

遠くの親戚より近くの友人

 

働き方を変えようとは思わなかったのですか。

 戻ってきて最初の仕事としてはハードな部分が多かったのですが、会社の理解も得られていない時代で、「子どもがいるからあの人はプロジェクトで使えない」と思われるのがすごく嫌だったんです。時代なんですかね。(笑)

 そうした中で良いベビーシッターさんが見つかって、長男の時にお願いした方に、下の子たちもお願いしています。

 ベビーシッターは長男の妊娠中に探していたのですが、預け先のお家もアクセスが良く、シッターの人も私よりもひとつ下の年齢で、感覚的にも合うところが多かったんです。子どもが3カ月くらいの時に会いに行き、事情を話したら「大丈夫ですよ」と言うので、お試しをする意味で「ちょっとこれから2時間お願いしてもいいですか」と、いきなりその場で頼んでみたんです。そうしたら驚きつつもOKが出たので、では用事があるのでちょっと見ててください、と預けました。戻ってきたら息子も、シッタ―さんも問題が無かったみたいなので、その後、お世話になることにしました。今でもそのシッタ―さんからは「千昌さん、あの時最初から酷いよね」と言われたりしますけどね。(笑)

 この方は、NPO法人あっとほーむの代表をしている小栗ショウコさんと言って「仕事と子育ての両立は楽しく、働くお母さんにもっと輝いてもらいたい」いう考えをもって、お迎え付きの夜間保育や学童保育を運営しているんです。ほんとにありがたい限りです。めちゃめちゃ信頼しています。横浜市の中でもさまざまな活動が認められて今年たくさん表彰もされているんですよ。

 私はシッタ―を頼む時、子どもが安心していられる相手に見てもらいたいと思っていたので、相性の良い人がいればその人とずっと契約しようと思っていました。「遠くの親戚より近くの他人」ではないですが、血がつながっていないだけで親戚のような感じなので、プライベートでも食事に行ったり旅行に行ったりしている仲で、子ども達も多分、親戚のおばちゃんだと思っていると思います。(笑)

 私の両親は他界していて、旦那さんのお母さんは住んでいるのが熊本なんですよ。親に頼れる訳ではないので、お金で時間を買うしかないですね。

 そういえば、この件で今年の元旦、私と息子の写真がニューヨークタイムスに載ったんですよ。日本政府が女性支援を掲げたことを取り上げる中で、働く女性を支援する機関として、先ほどの認定NPO法人あっとほーむにニューヨークタイムスが取材に来ていたんです。そこに私も呼んでいただいたのですが、どちらかというと批判的に、「応援すること自体はもちろん良いことだと思うけど、見ているところが偏っているから、きちんと取材して、応援するという意味を把握した方が良い」といった話をしました。実際の記事は、「働くお母さんを応援する日本」みたいなテイストでまとめられていましたが。(笑)こういうのは難しいですね。

 

 やっぱり、出産後の仕事はそれまでの仕事より幅が広がったと思います。代表的なもので言えば、「エアバギー」っていう三輪のベビーカーがあるんですけど、私自身、ベビーカーも本当に10年越しで使ってきているんですよね。そしたらクライアントからも「やっぱり知っている人に書いてもらうと実感が違いますよね」と言ってもらえました。ベビーカーって子どもにいろいろ見せてあげたいという気持ちで移動するもの、という考えでもの作りが出来た。あと、からだにやさしい素材だけを使用した「おやつキング」や、「ハハのキモチ」という健康を気にするパンのシリーズで、完璧じゃないけど家族や子供のからだを心配するお母さんの心を描いて、コピーやネーミングにしたり。

 自分の経験からいろいろな視点を持てたことは、仕事にとても生かされていると思っています。仕事のために子育てをする訳ではないのですが、自分にとっても子どもにとっても、子育てをしながら仕事をするというのはいろいろあって楽しいものですよ。

 

>>矢野真理子さん 「演劇のち、宇宙のち、地球のち、コミュニケーション」はこちら

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[PROFILE]笠原千昌

 株式会社サン・アド クリエイティブディレクター、コピーライター。これまでの仕事に、サントリーウーロン茶プレミアムクリア「空色のウーロン茶」/studioCLIP「今日の日を、忘れられない一日 .に。」/AirBuggy 「おでかけは、冒険だ。」/une nana cool「Going Girls Way」/おやつキングなど。

笠原さんprofile

 

略歴

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最近のお仕事

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