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【ママ訪問】ママが楽しく働く姿は子どもにも伝わる! 家族というチームの協力で叶えるキャリア(前編)

「ママ訪問」では、ママクリエイターにリアルな働き方を語っていただきます。今回は、映像業界でのキャリアを積んだあと、現在は商業施設の販促を手掛けるSさんにお話を伺いました。キャリアの変遷や仕事のやりがい、お子さんとの関係性について、前編・後編にわたってお届けします。

映像業界への憧れからスタートしたキャリア

これまでのご経歴を教えてください。

もともと映像に興味があり、大学と大学院で映像制作を学んだあと、映像プロダクション2社で合計7年ほど就業しました。生放送の情報番組のアシスタントディレクターからスタートし、終電後にタクシーで帰宅するような日々を送るなか、20代後半になって結婚や出産を意識したとき、働き方を見直したいと思うようになりました。そこで、別の映像制作会社に転職し、プロデューサーとして、PVやMV、テレビCMなどの制作を手掛けていました。その後、結婚・出産を経て福岡へ移住し、商業施設のプロモーションを担う会社でWeb担当として働き始めました。現在はマスメディアンの派遣社員として、商業施設の運営会社で販促担当をしています。

出産から復職までの道のりを教えてください。

2社目で映像プロデューサーとして働いていたときに結婚し、第一子を出産しました。すぐに職場復帰するつもりで産休を取ったのですが、保育園が見つからなかったり、想像以上に育児が大変だったりで、復帰できる状況ではなく……。また、2人目も望んでいたので、いったん子育てに専念して、一段落してから社会復帰しようと考え退職しました。そのあとは、自宅でできるデータ入力の仕事を見つけて、子どもが寝ている間にパソコンで仕事をしたり、2人目が生まれたあとは、子ども向けの絵画教室を自宅で開いたりしていました。

1人目を出産してから5年以上の期間、会社での勤務をしていなかったのですが、次第に「私には専業主婦は向いていない」「外で働きたい」という思いが強くなりました。そうして復職を考えていた矢先、東日本大震災が起きたのです。それを機に自分たちが暮らす場所を改めて考え、また、夫の仕事の都合もあり、福岡へ移住することになりました。移住後は商業施設のプロモーションを担う会社でパートとして就業。商業施設に常駐し、Web担当として、ホームページの更新やバナー制作、特集記事の企画、取材や撮影など、販促業務全般に携わりました。

久しぶりに社会とのつながりを実感できた喜び

復職当時の働き方を教えてください。

週4日、9時半から16時半までの勤務でした。当時、上の子どもが小学校で学童を利用しており、下の子どもは保育園に通っていました。私としては、仕事と家庭を無理なく両立できるペースで働けていたと思っています。会社自体、パート勤務のママさんたちへの待遇がとても手厚く、子どもが急に熱を出したときも快く休ませてもらえる環境でした。一方、これまで縁のない土地へ移住してきたことで、両親や友人も近くにおらず、子育てのちょっとした悩みを打ち明けたり世間話をしたり、いざというときに頼れる人がいないのは心細かったですね。

前職を退職してから5年以上のブランクがありましたが、久しぶりの勤務は慣れるまで大変だったのではないですか?

それがあっという間に会社で働く感覚を取り戻せたのです。社会復帰したくて仕方なかったからでしょうね。商業施設との打ち合わせや取材などでテナントの方と話しているだけでたまらなく嬉しかったのです。やっぱり私は働くのが好きなので、家事と育児だけでは性に合わないのだと思います(笑)。

仕事内容についても、映像制作の仕事から商業施設のWeb担当へと大きく変わりましたよね。

新しい世界に飛び込んだことが新鮮で、最初から楽しく仕事をしていました。制作するものが映像からWebに変わりましたが、「商品やサービスをいかに魅力的に見せるか」という点では双方に共通するものがありますし、映像制作の経験が活かせていると感じます。あまり違和感もなく、自分の働きやすい時間でメディアに近しい仕事をさせてもらえることがありがたいなと感じていました。

一方で、やはり映像制作の仕事が忘れられない気持ちもありました。働き方を考えると、映像制作の世界では定時に帰ったり急に休んだりすることが難しいので、子どもが小さいうちは無理だなとも思っていましたが……。心のどこかに、いつか戻れたらいいなという思いがありましたね。そうして商業施設での仕事を8年ほど続けてきたのですが、ずっと同じ仕事だったこともあり、新しいことにチャレンジしてみたいと一度会社に相談しました。そして運良く映像制作を手掛ける別の部門へ移ることができたのです。しばらく映像の仕事を続けたあと、最終的にはもっと責任あるポジションで働きたいという思いから退職しましたが、久しぶりに映像制作の仕事ができて本当に嬉しかったですね。

(後半につづく)

※2021年12月に取材した内容を掲載しています。